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アニメ『THE RIBBON HERO』感想|人間の弱さからくる「諦め」への反逆

はじめに


本作は、手塚治虫の少女漫画『リボンの騎士』を原案とするアニメーション映画です。

監督を務めるのは、『呪術廻戦』第1期のエンディング映像を手掛け、本作が長編アニメーション映画の初監督作品となる五十嵐祐貴。キャラクター原案は望月けい、アニメーション制作は五十嵐監督が率いるOUTLINEが担当しています。

災厄・ネルガルによって故郷シルバーランドを失った王女・サファイアは、ゴールドランドへとたどり着きます。人々との交流を通して少しずつ希望を見出しますが、その地にも再びネルガルの脅威が迫ります。新たな居場所を守るために立ち上がる彼女を描いた本作は、2026年8月8日にNetflixで配信されました。

この記事では、ネタバレになる要素を減らすため、あらすじやストーリー展開などは詳しく説明しません。そのため、作品を視聴していないと、理解できない考察なども含まれます。予めご了承ください。

本作と宝塚の関係


本作は、手塚治虫の少女漫画『リボンの騎士』を原案としています。ただ、原案というだけあって、原作を忠実に再現するのではなく、その機能を現代版として再構成した作品です。五十嵐監督も以下のように述べています。

『リボンの騎士』の主人公・サファイアは男装の麗人として固定化した価値観を破壊する、いわばトリックスターのような存在です。ただ原作にある設定・男装の麗人が現代の価値観を破壊できるとは思わなかったので、その要素はオミットして大きな社会の中で現実と向き合いながら戦うヒーローの物語を目指しました。
出典:PRTIMES 五十嵐祐貴監督ソロインタビュー

また、手塚治虫公式WEBサイトでは、『リボンの騎士』について以下のように紹介されています。

タカラジェンヌから着想を得たというサファイヤは、男勝りながらも気品があります。(中略)少年時代を宝塚で過ごした手塚治虫が、宝塚歌劇の雰囲気を少女マンガに置き換えて描いたファンタジーで、その後の少女マンガに大きな影響をあたえました。
出典:手塚治虫公式WEBサイト『リボンの騎士』

本作の終盤には、宝塚市の実写映像が入ります。初見ではこうした背景を知らなかったので、少し違和感がありました。ただ、「手塚治虫と新しい世代を繋げたかった」と語る五十嵐監督の意図も踏まえると、かなり狙った演出だったことがわかります。

灰の王「ネルガル」 はいったい何か?


まず、ネルガルの外観デザインは『風の谷のナウシカ』の王蟲から着想を得ています。五十嵐監督もインタビューで以下のように明言しています。

ネルガルの元になっているのは『風の谷のナウシカ』の王蟲です。
出典:MANTANWEB 五十嵐祐貴監督インタビュー

ヒーローが怪獣と戦うというストーリー構成から、プリキュアやエヴァンゲリオンといった作品たちと重ねて、敵が何の暗喩になっているのか考察したくなります。この点について、五十嵐監督は以下のように語っています。

脚本の制作作業は、2022年にスタートしました。コロナ禍だったこともあり、そういう気分を入れ込んでいかなければいけないと。(中略)今の世界のようなアンコントローラブルな状況の中で主人公がどのようにリボンの騎士となるのかを描こうと思った。また、そこに説得力を持たせる物語を考えた時に、ネルガルのような寓話的な舞台装置を設定しました。
出典:MANTANWEB 五十嵐祐貴監督インタビュー

この発言から、ネルガルは「人間の意思では止められない危機」のメタファーだと読み取れます。

なぜ教皇の発言に説得力を感じるのか


アンコントローラブルな世界を象徴するネルガルを崇拝するミトラは、監督の言う「強大な力(権力者)」の象徴として置かれているとわかります。

アンコントローラブルな今の世界で安心安全に生きるためには「強大な力」が必要だと多くの人が感じていると思います。実際にそういう人にお金も権力も集中するわけです。そのような状況は力のない若い世代からやる気を失わせます。
出典:PRTIMES 五十嵐祐貴監督ソロインタビュー

採掘所で働く人たちをはじめ、ミトラに従うゴールドランドの民衆は、露骨に弱く、消極的に描かれている印象を受けます。「制御できない社会があって、そこになるべく秩序を与えようとする権力者がいて、その窮屈な秩序の中で生きる」という構図を、わかりやすく表現したのでしょう。

ミトラの代表である教皇は、作中で「閉じられた安寧の世界に守られている方が幸せなのです」と語っています。これは非常に現実的な考え方で、世界に犠牲は必要だという彼の考えも理解できてしまいます。その犠牲を尊び、痛みを感じながら、今の仕組みを維持しようとする姿勢には違和感がなく、むしろ温度すら感じます。

そう考えると、若者側にいる自分が、サファイヤではなく教皇側の意見に共感してしまうことも、制作陣の意図通りなのかもしれません。ある種、「秩序を乱してはいけない」という洗脳に近い倫理観が、多くの視聴者にも内在していることを再認識させられます。

人間の弱さからくる「諦め」への反逆


本作の主人公・サファイヤは、ミトラや教皇とは正反対の思想を持っています。「誰も犠牲にならない方がいい」という当たり前の理想を掲げ、それを貫こうと奮闘します。サファイヤが戦っているのは、ネルガルだけではなく、ネルガルがいる世界を受け入れ、「どうせ抗っても無駄だ」と諦めてしまう心理でもあります。

本作のメッセージの核は、運命を変えられるという楽観ではなく、「変えられない現実の中でも、自分がどう振る舞うかは選べる」というヒーロー論にあると感じます。人間の弱さが増幅させる「もう何をしても無駄だ」という諦めへの反逆を描きたかったんじゃないでしょうか。

エンドロール後に崩壊したシルバーランドを見せる意味


コロナ禍の、より不安定な社会情勢を題材にしているからか、本作のテーマやメッセージは呉勝浩の『爆弾』に似ていると感じます。『爆弾』の「最後の爆弾は見つかっていない」という印象的なフレーズは、答えを出したあとも現実は続いていくことを示すための余白と読めます。本作で描かれる崩壊したシルバーランドも、同じ意味を持つのではないでしょうか。

理想は聞こえがよく、形式上の意思統一はしやすい。ただ、人間は弱いからこそ、それを貫き続けるのは難しく、不安定でもあります。エンドロール後に崩壊したシルバーランドを見せるのも、現実が続く重たさと、そのたびに再び前を向けるかを問いかけたかったからではないかと思います。

さいごに


個人的には、メディアミックスとはこうあるべきだと思います。原作とはかなり違いますが、だからこその魅力があり、原作にも関心が向きます。原作者である偉大なクリエイター・手塚治虫と、それを受け取った現代の一流クリエイターたちが、技量と思想をぶつけ合っているようで、気持ちよかったです。

作画はもちろん、ストーリー構成もメッセージもわかりやすい。原作改変やキャストについて賛否があるのは認めますが、それを差し引いても、全然おつりがくるレベルでした。

強いて言うなら、主人公であるサファイヤの掘り下げは足りなかったと思います。ミトラや教皇の思想が敵側としてかなり魅力的だったので、正義側の思想にももっと共感したかったです。その点では、ベルベットが正義側としてかなり貢献していたと感じます。

参考サイト


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