印刷業界の現状と課題|『1秒でわかる!印刷業界ハンドブック』から見る15年変わらない構造
- のろ

- 16 時間前
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はじめに
私はしがない印刷会社に勤めています。
印刷産業は紙と深く結びついたビジネスが多く、電子化や小ロット化が進む現代では、向かい風の状況に置かれている業界です。
この業界にいる人であれば、少なからず今後の印刷市場について懸念や不安を感じているのではないでしょうか。
このサイトでも、過去に印刷関連の記事を2本ほど公開しています。
どちらの記事も「印刷業界 将来性」などのキーワードから流入があり、他の記事よりも丁寧に読まれている傾向があります。
ニッチな内容ではありますが、一定の需要があることがうかがえます。
今回はそのニーズにあやかって、2012年に東洋経済新報社から出版された『1秒でわかる!印刷業界ハンドブック』を読んでみたので、その内容をまとめてみました。
大きく変化した出版印刷
本書の中でも、現状の印刷業界とのギャップが最も大きいのが、出版印刷の様子でしょう。

本書に掲載されている2010年の統計と、2024年の統計を見比べると、かつて商業印刷と並んで印刷産業の中心だった出版印刷が、確実に縮小していることがわかります。
出版市場のピークは1996年でした。
1996年というのは、マイクロソフトのウィンドウズ95がリリースされた翌年で、インターネットが認知され始めたころでもある。当時多くの人たちはこぞって、これら新規なモノの情報源として紙の媒体を選んだ。しかし以後、情報源の多くがその「新規なモノ」に移っていく。紙は役割を減じた──。1996年でピークを迎えた出版業界が、まさにそのことを象徴している。
本書ではこのように、紙よりもインターネットが情報源として選ばれるようになったことが出版印刷の縮小要因だと述べています。
実際、ここ10年ほどを見ても電子書籍市場は拡大を続けており、本書が示した“紙からインターネットへの情報源の変革”は、今も実感できる変化だといえます。
印刷業界の特異性
日本標準産業分類では、印刷産業は製造業に分類されています。
しかし、その実態は一般的な製造業とは大きく異なります。
市場の動向を読みながら主体的に製品を供給する一般の製造業に対し、印刷業は発注者の意向に沿って動く「受注型製造業」、いわば“発注者の自社工場”のような存在です。
そのため、製造の主導権を持てないばかりか、印刷物の仕様や数量まで発注者に依存しています。
こうした受注型の性質から、多くの印刷会社では「あなた任せ体質」が長年の習慣として根づいています。

毎日顧客を訪問し、仕事があれば持ち帰る。
その日に仕事がなくても足を運び続ければ、いずれ自然と案件が降ってくる。
“発注者の自社工場”という立場に徹し、依頼がなければ仕事は発生しない──そんな価値観が深く浸透しています。
「印刷会社は受け身である」という話は、業界のセミナー等で一度は耳にする意見でしょう。
しかし、それはもはや文化として根づいてしまっており、利益が出づらくなった現在でも、その営業スタイルから抜け出せない印刷会社は少なくないはずです。
印刷会社に求められるマーケティングの視点
マーケティングの重要性は、印刷会社の受け身な姿勢を改善する方策として、さまざまな場面で語られてきました。
まず必要なのは、印刷業を「紙へのインキ定着業」と捉える従来の認識から、アイデアや企画を形にする「変換サービス業」へと再定義することです。
Webサイト構築、電子文書作成、データ管理など、デジタル領域の業務も印刷会社が担うべきアウトプットの一部と考えるべきでしょう。

例えば、顧客から週末セールのチラシ制作を依頼されたとします。
「紙へのインキ定着業」の視点では、品質の高いチラシをできるだけ安く、早く提供することが顧客への貢献になります。
一方、「変換サービス業」の視点では、そもそも販促ツールとしてチラシが最適なのかを考え、Web広告やLP制作など多様な選択肢から、売上に結びつく最適解を提案することが顧客への貢献となります。
ただ「印刷の仕事をください」と訪問するのではなく、価値ある提案や情報を持ち、紙に限らない多彩なアウトプットを用意しておく姿勢が求められます。
川上戦略の落とし穴
印刷会社は長らく川上戦略を掲げ、顧客に密着しながらデザイン制作やWebサイト構築など、上流工程の業務を取り込もうとしてきました。
しかし、印刷会社が上流まで手がけると言っても、顧客側の認識はあくまで「印刷とのセット発注」です。
印刷が主であり、ついでに付いてくる“お得なサブサービス”程度の扱いから抜け出せないのが現実です。
本来、デザイン会社や開発会社として受注すれば正規の取引条件で戦えるはずですが、印刷会社という看板のもとでは同じ土俵に立てません。
その結果、印刷以外の領域で付加価値を得ようとした印刷会社の思惑は外れ、「印刷が付くから安い制作費でも受け入れる」という構造が定着し、仕方なく低単価で受注するケースが増えていきます。
こうして印刷会社自身が安値受注の環境をつくり出し、川上には期待したような利益が生まれない──そんな悪循環に陥ってしまったわけです。
電子書籍の可能性
電子書籍分野は、従来の印刷会社とは距離のある領域です。
しかし、出版社を主要顧客とする印刷会社にとって、EPUB対応はもはや避けて通れない必須要件と言っても過言ではありません。
EPUBとは電子書籍の国際標準規格で、HTML・CSS・SVGといったWeb技術で作られたコンテンツをひとつのファイルにまとめ、読書アプリが適切に処理できるようメタ情報を付けた形式のことを指します。
言い換えると、Webページに出版物としての体裁(表紙/扉/奥付など)を与えてパッケージ化したものがEPUBというイメージです。
紙と電子を同じソースから制作するケースが多く、DTPで作成した組版データを基点にEPUB化する工程が主流となっています。
そのため、組版データを作成するプリプレス工程との親和性が高く、組版段階からEPUB化を想定しておけば、より効率的なワークフローが実現可能です。
ただ、前述の「川上戦略の落とし穴」と同様、電子書籍制作も性質上、印刷とセットで発注される可能性が高く、単価はデザインやWebサイト制作よりもさらに低い傾向があります。
結果として、利益を出しにくい領域であることは否めません。
電子書籍ビジネスにおいては、印刷会社自身がオーサリング事業者となるか、あるいは有力なオーサリング事業者とパートナーを組むか──いずれを選ぶにしても、その先の事業モデルまで見据えた戦略が不可欠になります。
さいごに
約15年前の本とは思えないほど、現在とのギャップがほとんどない点に驚かされました。
「受け身体質」や「マーケティング視点」など、今でも業界で耳にする言葉が並んでおり、確かな説得力があります。
もちろん、産業として衰退期に入っている以上、変化が少ないのは自然なことなのかもしれません。
とはいえ、「ここまで変わらなくて大丈夫なのか?」と心配になる程でした。
表面的な業界の構造だけでなく、経営の視点まで垣間見ることができます。
本書は、間違いなく良書だと感じました。


