希望と現実が交錯する物語。アニメ『屋根裏のラジャー』解説
- のろ
- 2024年12月12日
- 読了時間: 6分
更新日:1 日前

目次
はじめに
今回もNetflixをあさっていたら面白そうなアニメを見つけたので、見てみました。
原作はイギリスの作家A.F.ハロルドによる児童文学小説「ぼくが消えないうちに」。制作はスタジオジブリと縁が深い「スタジオポノック」が担当しています。本作「屋根裏のラジャー」は、同制作会社の1作品目となる「メアリと魔女の花」に続く2作品目となります。キャストには、寺田心・仲里依紗・山田孝之の名前が並び、なかなか豪華な顔ぶれとなっています。
この記事では、ネタバレになる要素を減らすため、あらすじやストーリー展開などは詳しく説明しません。そのため、作品を視聴していないと、理解できない考察なども含まれます。予めご了承ください。
世界観を演出する強烈なロケットスタート
本作の冒頭、作品タイトルが画面に表示されるまでの所謂「つかみ」にあたる部分ですが、非常に印象的です。
巨人やドラゴン等のこれでもかというファンタジー要素が盛り込まれ、「キラキラした夢のような物語」が始まるのではといった気持ちになります。

また、本作の重要な概念である「イマジナリ」についても言及されます。「昔、子どもだった大人たちは、僕たちのことをこう呼ぶんだ」という言葉から、イマジナリーフレンド。つまりは子どもの想像による世界と、大人たちが生きる現実世界との間で、物語が展開していくと容易く想像できます。
伏線となるキーワードと家庭環境
冒頭のシーンが終わると、主人公であるアマンダが雨の学校で友達と会話をしているシーンに移ります。その中で唐突に「雨が降った時に虹を見ていると大切なことを思い出せる”約束の虹”」というワードが出てきます。あまりに急に出てくるので、誰もが「いかにもなワードだな」と思うことでしょう。

また、冒頭も含めて「消えないこと 守ること 絶対に泣かないこと」という言葉が度々出てきます。アマンダと彼女のイマジナリであるラジャーの誓いの言葉でもあり、本作においても重要な意味を持ちます。
アマンダの家庭は母子家庭で、母であるリジーと2人で暮らしています。経営していた書店をたたんで就活をしているリジーの状況や、アマンダがイマジナリの存在を「お父さんなら信じてくれる」と発言していることから、父がいなくなってから日が浅く、2人の心の傷は完全には癒えていないことが伺えます。
最も理想に近い存在
アマンダとラジャーの敵として描かれるミスター・バンティング。初登場のシーンでは、調査員と名乗り、リジーが営む書店に現れます。その際に「古い世界は死に行き、新しい世界は未だ生まれず。その光と闇の間に何が生まれるんだったかな」という発言があります。これはイタリアの思想家グラムシが著した「獄中ノート」に由来すると考えられ、ここから引用するのであれば「光と闇の間には”怪物”」が現れます。アマンダとラジャーの関係が変革期を迎え、その混乱の中で怪物であるバンティングが現れたと解釈できます。
バンティングは他人のイマジナリを食べることで、自身の想像力を維持しています。ラジャーとの会話の中で「想像が決して勝てないものがある。それが現実だ」と述べており、現実の残酷さや想像力の価値を正しく理解できているとわかります。
また、グラムシの獄中ノートにある「知性のペシミズム(悲観主義)、意志のオプティミズム(楽観主義)」という言葉は、「現実の困難さを冷静に直視しながらも、希望を持ち行動すること」の重要性を説いています。この視点から見ると、大人でありながらイマジナリを認識できるバンティングは、意志をもって想像力を失っていないため、グラムシの思想に近い存在と言えるでしょう。彼の言動は、現実と想像の狭間に生きる人間の葛藤を象徴しています。
何を信じて生きるべきか
ラジャーが初めて図書館を訪れた際、エミリに案内役であるジンザンの目の色を尋ねられます。ラジャーは「右目が青で左目が赤」と答えますが、後にそれが間違いであることを指摘されます。その際、エミリは「自分が見ているものが正しいとは限らないの」と言葉を添えます。これをきっかけに、ラジャーはアマンダとその想像の世界をただ受け入れるのではなく、知性をもって冷静に向き合う視点を持つようになります。
バンティングと一人で対峙するシーンで、彼はラジャーに「君から見たか、私から見たか。どちらから見たのかということだよ。みんな見たいものを見るんだ」と語りかけます。成長したラジャーは、この言葉に対して異を唱えることはせず、ただ口ごもるだけでした。それは、バンティングの言葉の意図をラジャー自身も理解していたからだと考えられます。
イマジナリの町で、ラジャーは老犬レイゾウコと出会います。レイゾウコは「本当か嘘か、そんなこと大事じゃない。何かを信じたいと思ったら、それは信じるに値するものなんだ」と諭します。この言葉を受け、ラジャーは、知性が芽生えて現実を理解するようになっても、希望を捨てない強い意志が大切だと気づいたのかもしれません。

約束の虹と誓いの言葉の意味
事故に遭い、なかなか意識を取り戻せないアマンダ。付きっきりで看病を続けるリジーは、心身ともに疲れ果てた状態で、夜遅く家に帰る日々が続いていました。ある夜、片付けのために屋根裏に立ち寄ったリジーは、何気なくアマンダが大切にしていた父親が買った傘を開きます。傘の内側には、クレヨンで描かれた虹と家族の絵があり、「パパを忘れないこと ママを守ること ぜったいに泣かないこと」という文字が記されていました。それを見たリジーは、感情を抑えきれずに涙を流します。
アマンダは、もう会うことのできない父への想いと、最愛のパートナーを失い失望する母を案じながら、この誓いの言葉を書いたのでしょう。しかし、それは到底、子どもが一人で抱えきれる感情ではありません。その重荷を支えるため、アマンダは自身の心の支えとなるラジャーを生み出しました。
さいごに
アマンダをはじめ、子どもたちの素直さや健気さには感銘を受けます。また、母であるリジーが、アマンダの悲痛なほど健気な想いを感じ取れる母親で、心から良かったと思いました。
作品の雰囲気は、全体を通してジブリっぽさを感じます。ジブリ作品は世界観に圧倒され、メッセージの意図が分からない事が多いですが、本作は割と直接的に描かれています。
ラストシーンで、ラジャーはアマンダに向けて「喜びも悲しみも繰り返して、いつか大人になっていく。僕はいつまでも、どんな時も、君の中にいるよ」と発言しています。大人になるとは、現実を受け入れるということ。現実を見つめ続けると、やがて想像力は枯れていき、夢や希望を持つことさえやめてしまう。だが、常に夢や希望は自分の中にあり、意志を持つだけで取り戻すことができる。そのことを忘れずに生きて欲しいというのが本作のメッセージだと思います。