今後の印刷業界はどうなる?光山忠良『印刷業界の未来図』からわかったこと
- のろ
- 2024年10月31日
- 読了時間: 5分
更新日:1 日前
目次
はじめに
私はしがない印刷会社に勤めています。多くの人は、「印刷会社ってなんだよ」と思うでしょう。例えば、出版社が企画・編集した記事を本にして売りたいという場合、記事を紙面にレイアウトして、産業用プリンターを使って大量に印刷。その紙を束ねて製本し、カバーや帯を付ける必要があります。この印刷周辺の領域を担っているのが、いわゆる印刷会社です。
印刷といっても本や紙器、名刺や封筒。フィルムやTシャツ等の様々なアウトプットがありますが、紙と繋がりが強いものが多く、電子化や小ロット志向がうたわれる現代社会では向かい風に曝されています。この業界にいる人は、少なからず今後の印刷市場について懸念や不安を抱えているのではないでしょうか。

今回は2024年3月13日に出版された、印刷業界専門ライターの光山忠良氏の著作「印刷業界の未来図」を読んでみました。
印刷ネット通販について
一般に印刷産業は衰退期に入ったと言われています。そんな市場が縮小している中でも成長した企業はあり、そのほとんどはインターネットを活用したビジネスで活路を見出しています。中でもインターネット上から欲しい印刷物を発注できる「印刷ネット通販」の威力は凄まじく、いち早くネット上に受注窓口を設けた企業から結果が出ています。
印刷ネット通販のビジネスモデルでは「効率」が第一で、型にハマらない案件は切り捨てた方が良いと述べられています。また、低価格は最低条件なので、そういう意味でも工数が無駄にかかる案件は切り捨てる必要があります。
生成AIがもたらす影響
本の表紙を生成AIで作らせて、本文を執筆。それらのデータをAmazonの「Kindleダイレクト・パブリッシング」にアップロードすれば、審査を行ったうえでECサイトに書籍として出品されます。在庫レスで、注文があれば都度印刷する仕組みなので環境にも優しい。本書はこの販路で出版されています。この一連の流れに印刷会社の取り入る隙はなく、小ロット印刷市場は大手に食い尽くされる可能性が示唆されます。
また、AIの登場で情報伝達スピードが加速し、市場のトピックの入れ替わりが激化しています。その観点では、新たな挑戦をしないただの御用聞き営業や職人気質の技術者は、いよいよ存在意義を失いつつあります。経済が滞った小ロット中心の市場では、需要と供給のスピードについていけない存在はお荷物でしかありません。現状維持は相対的に見れば退化と言えます。

紙の書籍はなくなるのか?
著者の光山忠良氏は、本の象徴とも言える「聖書が紙である限り、紙の書籍は消滅しない」と述べています。紙の書籍は、今日の情報スピードについていけない難点があります。一方で電子媒体でのテキストの読解は、高い理解力を必要とするため、紙の書籍に比べて汎用的ではありません。
本における「調べる・学ぶ・読む」の役割のうち、「調べる」については完全にデジタルに置き換わるかもしれません。しかし、全ての役割がデジタルに置き換わる可能性は低いと考えていいでしょう。
印刷業界のこれから
「テクノロジーは加速度的に進化している」という言葉は、成熟した斜陽産業である印刷産業には当てはまりません。世界最大の印刷機材展であるdrupa(ドルッパ)で2008年から注目されているインクジェット印刷機が、日本の印刷会社に普及していないこの現状がそれを物語っています。そういう意味では、テクノロジーによって左右されない安定した市場ですが、逆にテクノロジーの煽りを受けて急激に市場が活性化する可能性も低くなります。これから先は持久戦になるかもしれません。

今後も縮小の一途をたどるであろう印刷市場を鑑みて、生き残りをかけた新事業を模索する経営者も多いでしょう。単に生き残ると言っても、どう生き残るかは大切です。微小なニッチ領域で生き残っても、工業として成立する規模でないと、会社の柱にはなりません。もはや印刷産業の中小企業において、ニッチ領域で生き残るほどの体力がある会社は少ないはずです。「印刷会社だから印刷物にこだわる」という戦略は、極めて近視眼的です。新事業を模索する際は、広い視野で思考を巡らせた方が良い結果が得られます。
さいごに
本屋に行くと大量の書籍が陳列されており、まだまだ紙の書籍がなくなることは無さそうだなと強く実感します。本書にもある通り、役割によっては完全にデジタル化するものもあるでしょう。既にコミックや雑誌等の読み返す可能性が低い定期刊行物は、読了後の取扱も考慮して、電子書籍がメインに切り替わりつつあります。教育や学習のシーンにおいても、動画を見て学び、感じたことを電子ファイルにまとめる流れも出てきています。確かにデジタルデータの方が、検索や共有を考えると合理的です。教える側が紙の書籍以外の方法をイメージできないので浸透していませんが、教わる側の視点ではどちらでもそこまで差はありません。教え手が世代交代していけば、自然とデジタル化は進んでいくように思います。
しかし、聖書や絵本のようなあまりデジタル化に向かない本も存在します。熱のない合理的な使い方ではなく、血が通った人間の感情を育むような使い方が望まれる場合です。知性ではなく感受性を豊かにしたいのであれば、紙という物理的なものの方がシンプルで伝わり易いはずです。
また、本書を印刷業界に長いこといる人間が手に取った際、「気持ち悪い組版だな。製本もあまり綺麗じゃない」と感じるのではないかと思います。日本は特に装丁を豪華にしたり、デザインや精度に異常にこだわる傾向があります。この本の「印刷業界のこれからについて知識を深める」という目的を考えるのであれば、組版や製本の精度はそこまで重要ではありません。それこそ、近視眼的で印刷にこだわりすぎています。
今後も印刷業界は細々と続いていくでしょう。その持久戦の中で、何が求められていて、何にこだわるべきなのか。狭い業界の視野に捉われず、広い視点で可能性を考えていくことが重要です。